【魔法戦艦リュケイオン】++放浪篇++家族の時間

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魔法戦艦リュケイオン
【家族の時間】


「母として、女として」[2/3]


◇ ◆ ◇

私たちも、子供たちについて石積みの階段を下りてゆくと、やがて目の前に、先ほどまでは車から見下ろすだけだったせせらぎが、滔滔(トウトウ)として絶え間なく流れていた。
都会の生活に乾きかけた心の槽を満たすかのように、せせらぎの音は私たちの五体を染みわたってゆく。

川原の頃合いな平地を見つけると、家族四人のためのごく小さなテントを組み、炉を作るために石を集めた。普段の生活では見ることのないそら豆型の「飯盒」でご飯を炊くことも、子供たちには珍しい遊びのように思えるらしい。ご飯が炊けるまでの間、高太郎さんと子供たちは、メインディッシュを捕獲しようと釣竿を引っ張り出して水辺に向かう。

思えばこうして、家族そろってキャンプに来るのは何年ぶりだろう・・・。

まだ子供たちがもっと幼かった頃、今は亡き夫・犬神龍兵と、私・犬神若葉、そしてさおりとジンギの4人で、美濃・木曽川の上流に、やはり同じように家族4人のための小さなテントを張り、炉を作り釣りをした思い出が蘇えってくる。


◇ ◆ ◇

良人(おっと)・犬神龍兵は全身に美しい白銀の獣毛をまとう「オオカミ族の長」だった。

「デミニウム戦争」による放射能汚染で姿が変わったとはいえ、2mをゆうに越える磨き抜かれた巨躯。
しかし、その勇猛な雰囲気を湛(たた)える外見とはうらはらにその内面は、こまごまとしたところにまで目が行き届き、探究心に満ち溢れる科学者であると同時に、オオカミ族の長として仲間たちからの信頼も厚い人物であった。

そんな犬神龍兵でさえも、多くのディフォミティたちの例に漏れず、外見上の違いによる差別を受け、抑圧に苦しみ、抵抗する毎日を送っていた。彼自身が苦境に立たされていたにもかかわらず、私の傷つき疲れ果てた胸の裡(うち)を癒すだけの強さをも併せ持つ、優しさを備えた人でもあった。
無軌道な欲望で氾濫する「人間」の社会に適応しきれず、親の心遣いを投げ捨てるようにして家を飛び出した私の心を、そっと包みこむように救い上げてくれたのだった・・・。

炎のように勇猛な闘争心と、清流のように深く澄んだ思慮とを併せ持つ犬神龍兵と、迷い多き人間である私・犬神わかばとの間に、やがて二人の子供・ジンギとさおりが生まれた。

しかし良人・犬神龍兵は、魔女煬妃の私欲を満たすために無根の罪状を着せられて無念の死を遂げたのだった・・・。


◇ ◆ ◇

九死に一生を得、今の私たち家族がささやかな暮らしを営むこの町・三国自治州は、あの故郷・土岐自治州に似て、「人間」と「ディフォミティ」とが混在し、共に暮らす豊かな自治州だ。この春中学生となった子供たちも学校生活を楽しんでいる。ディフォミティの血を受け継ぐ宿命として、他の子供たちとの付き合い方、友達同士の距離の置き方だって心得たものだ。

しかし、私たち母子にとって何よりも大きかったのは、新しい良人・夏目高太郎との出会いであった。

打たれ強く辛抱強い性格といわれた私にだって、母親一人の能力に限界があることは充分に認識していた。死んだ龍兵のおもかげを強く胸裡に抱きつつも、私は母親として、子供たちを強くたくましく、万が一のとき一人でも生きてゆけるように育てなければならなかった。

無論それは衣・食・住を整えた上での教育でなければならない。
私は女手一つで二人の子供を育てることに大きな不安を感じ続けていた。
子供たちには、「男親だからこそ可能な、強さやねばりのある教え」が必要だと、痛切に望み続けていた。

そんな私の前に現れたこの夏目高太郎という男は、一瞥(いちべつ)する限りにおいては、女心をくすぐるようなハンサムな男性では決してない。むしろ反対に、おなかだって出っ張ってるし、仕事柄お魚の臭いだって染み付いてるし、身だしなみのセンスだってお世辞にも良いとは言えない、平々凡々とした男性に見える。

しかし、水産加工工場の一員として皆を導く、真面目で優しい、また、苦境を乗り越える胆力をも兼ね備えた強さのある男性。私はいつの間にか、「子供たちのため」という所期の目的さえ忘れ、彼と共に仕事を進めてゆく楽しさに時を忘れるようになっていった。

そして昨年の冬、初めて子供たちと接したときの暖かい笑顔、そして帰り際に残していった抱擁・・・。

私にはもう、彼を拒絶するいかなる理由も思い浮かばなかった。

母親である私の目から見て子供たちを任せられる「父親」は・・・、
そして、一人の女である私の心の空白を埋めてくれる「男性」は・・・、
『この男(ひと)しかいない』
と、強く心に決めることが出来たのだった・・・。

二度と戻ってくることもあるまいと決め付けていたはずのあの「家族の時間」が、今、再び目の前に蘇えってくる・・・。