【消えた母子】

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【矛盾】という言葉がある。

中国戦国時代、楚の国で、ある男が武具を商っていた。

彼は自らの商う武具を讃えて
「この矛(ほこ)はどんな堅い盾をも突き通すことができる、世界に比類なき矛にござりまする」

しばらくすると男は共に並べてあった盾を高々と差し上げ、
「この盾はどんな鋭利な矛を以ってしても突き通すことのできぬ、世界に比類なき盾にござりまする」
と誇った。

ところがその宣伝の一部始終を見ていた旅のサムライが、
「では今から私がこの矛でお前に立ち向かうから、その盾で防いでみるがよい。」
と詰め寄ったところ、商人は答えに行き詰ってしまった。

「おまえの宣伝は始めと終わりとが食い違っておるではないか。」
サムライが駄目押しをすると、その商人はニヤニヤと上目遣いでサムライを見上げながらこういった。

「今ならこの矛と盾、セットで4000円、更に項羽劉邦会戦キャンペーンで
こちらのヨロイもお付けしております★」

商人が自らの店に陳列してあった「ハリセンパンチ((c)チャンバラトリオ)」で
タコ殴りにされたのは言うまでもない。

 ◇ ◆ ◇

さて、土岐自治州で犬神州知事が無念の最期を遂げた後、行方不明となっていた母子三人は
どこへ行ってしまったのだろう?

彼らの行方に触れる前に、この「光徳王国」について、少々説明しておこう。

光徳王国は架空の日本である。

ただし、現実の世界とは違い、東西が鏡の像のように反転した、いわゆる「パラレルワールド」である。

光徳王国ではグレゴリオ暦2024年に核戦争が起き、都市は放射能を帯びた荒野によって分断され、
一部の動植物は新型核兵器による特殊な放射線の影響で突然変異を起こし、「ディフォミティ」
と呼ばれる新しい種族が出現した。

「犬神一族」も、人間や狼が突然変異して発生した生物の1グループであり、
表面上は放射線の影響を受けなかった多くの「人間たち」による不当な抑圧に耐えつつも、
独自の文化を築き上げつつあったのである。

そもそも、核戦争が起こる直前のグレゴリオ暦2020年代前半に、
ある研究者が「新型核兵器に耐えうる原子の盾」を開発したことが、
皮肉にも核戦争を引き起こす一因となっていたのである。

自制心の薄い一部の軍需産業が、「原子の盾の内部だけを攻撃するピンポイント核兵器」を開発し、
当時政情不安となっていた光徳王国内の一勢力が、とうとう使用に踏み切ってしまったのである。

最強の矛は弱き人々を傷つけ、最強の盾は平和を守りきることができなかったのである。

人間の起こしがちな、無残な歴史の一現象である。

 ◇ ◆ ◇

越前三国自治州、人口5万人。

北に広がる荒海が岩を削って奇岩を削り出し、「東尋坊」と呼ばれる、
今にも人を吸い込みそうな妖しい絶壁を形成している。

この地域を流れる九頭竜川は、長い時を経て山を切り開き、流出した土砂は堆積して豊かな平原を作り、
河口には天然の良港を発展させた。

この港町は多くの魚介類を産出する三国港を中心として栄え、核戦争後は周辺都市への食糧原として
重要な地位を占めるまでに復興していた。

光徳32(グレゴリオ暦2055)年の12月25日。

核戦争後の荒廃した世界にあっても、クリスマスの楽しみは疲れ果てた人々に歓喜と幸福と抱擁とを与えるはずであった。

だが、この年のクリスマスは、この小さな三国自治州に「驚愕」と「憶測」と「違和感」とをもたらしたのである。