【家族の時間(3)】

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◇ ◆ ◇

九竜(カオルン)飯店。

三国漁港で水揚げされた新鮮な魚介類をふんだんに使い、かつ、庶民的な値段の中華料理は、
海鮮料理店の多い三国自治州の中でも五つ星といわれる人気である。

「何でも頼んでいいですよ?」

広く小奇麗な店内はほぼ満席に近く、仕事帰りの人々が酒やつまみを頼んでは談笑している。

「子供たちの手前ホントは贅沢は出来ないんだけれど……、
 『海鮮八宝麺』が食べてみたかったんです!」

「他にはいいの?」

「私、それだけで嬉しいです★」

旨そうにラーメンをすする芙美子の様子は無邪気で、とても30過ぎには見えない。

『人は心から先に老いる』というが、彼女の場合は心が元気な分、体も表情も
年齢より若く見えるのかもしれない。

化粧やおしゃれにはさしたる興味もなく、一つに束ねた長くつややかな髪に使い込んだ紺のジャケット、
目立たぬよう内側からツギを当てた古いジーンズ。使い込んでかかとのすり減ったスニーカー。

仕事のために必要な最低限の身嗜み。

誰と接してもしなやかで、それでいて芯の強ささえもうかがわせる人となりは、
夏目高太郎でなくとも魅かれてしまうに違いない。

たった1杯のラーメンですごす2人の時間は、つつましくも幸福なひとときだった。

麺の上に「これでもか」とばかりに盛り付けられたカニ・海老・ホタテ・鱩(ハタハタ)を、
大事そうにひとつずつ舌に転がしてゆく。冬の日本海の、贅沢な香りが体中に充溢してゆく。

やがておもむろに箸を置くと、夏目高太郎は意を決したように真顔で聞いた。

「芙美子さん、今日、お宅へ伺ってもいいかな」

芙美子は思わずむせ返った。

「え!?そんな、よしてくださいよ、
 ウチは子供が二人もいるし、狭くて汚いし・・・」

申し訳なさそうに断る芙美子だが、夏目はなおも生真面目な様子で、

「かまわないよ。それに・・・
お子さんとも会っといた方がいいかな・・・とかなんとかむにゃむにゃ・・・」

芙美子が訝るように夏目の顔を覗き込むと、

「あ・・・いや、別にさ、その、子供が好きなだけで、
その、芙美子さんの子ならどんなにかわいいのかなとかむにゃむにゃ、
いや、別に今すぐ結婚したいとかそういう話ではなくて・・・」

しどろもどろで次々と墓穴を掘る夏目の様子は、勤務中の泰然とした様子とあまりにもかけ離れた
朴訥さを醸し出し、芙美子はついつい彼の願いを受け入れたい気持ちになってしまうのだった。

「子供たちと会ってくれるのは嬉しいけど、結婚なんてしないわよ?」

芙美子への想いを隠しきれない高太郎の正直さに微笑を堪えつつも、彼女の心衷には
秘かに抱える一抹の不安もあるのだった。

「あの子達」の姿形を見て、夏目高太郎が生理的に慣染めるかどうか・・・。

人間である自分と、ディフォミティ(放射線被曝奇形児)である「あのひと」との間に生まれた
2人の子供たち。

夏目高太郎が優れた人柄の持ち主である事は確かだ。

しかし、子供たちの「あの姿」を生理的に受け入れられぬために疎遠となってしまった
古い親友のことを思い出すと、どうしても不安を拭い去ることができない。

しかし一方では、夏目の人柄を信じきってみたい想いのある事も確かではある。

芙美子にとって、たとえ相手が夏目高太郎であるにせよないにせよ、
いずれは迎えねばならない「賭け」なのである。

そんな芙美子の不安をよそに、夏目は嬉しさと恥ずかしさの入り交じったなんともいえない表情のまま、
ラーメンのスープを一気にすすり込むと、額に浮いた汗の粒を、懸命にぬぐうのだった。