【家族の時間(2)】

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三国漁港に隣接する(株)三国海鮮加工に、1日13時間という長時間の労働に耐えつつ
2人の子を育てる母がいた。

兵頭芙美子、31歳。

都市結界『原子の盾』の外で漁をしていた夫を失い、この4年というもの、女手一つで
2人の子を育てて来たそうである。

決して豊かではない生活の中、夫を失った悲しみを乗り越え、子を育て続ける芯の強さと、
仕事に打ち込む元気の良さで、仲間内でも評判の女性である。

30過ぎとはいえ、明るく張りのある芙美子の姿に、加工ラインのリーダー夏目高太郎は
ぐいぐいと魅き込まれてゆくのであった。

夏目高太郎は身長170cm、体重70kg、34歳。
加工作業のためにかぶった白い帽子、青いYシャツに、くすんだ赤いネクタイ、
やや出っ張った腹を下からギュッと支える白いゴムのエプロン、白いゴム長靴。
お世辞にもスタイルが良いとは言えない高太郎の太めの腹から、強く豊かな声が
工場内に響き渡る。

「みなさん、おはようございます!」

そのあいさつの声だけで、従業員たちの間には男女問わず、1日の作業を無事に完成させたい
と願う空気が醸成される。

そのいかにも人の良さそうなまなざしからは、周辺諸都市の食料生産に大きな力を発揮する
自らの職業への自信と充実感とがあふれ出ている。

「今日の作業は、午前中で1ラインあたり60以上の解体を目標に作業を進めてください。」

1ラインあたり5~6人の従業員が流れ作業で、1匹の越前ガニをおよそ5分という速さで次々と
解体してゆくのである。

皆が作業を始めたことを確認する高太郎と、芙美子の目が合った。

高太郎が微笑むと、芙美子もまなざしを輝かせる。

このラインの中で最も経験の長い彼女は、ほかの女性達に作業の手順やコツなどを教えるのにも
慣れている。

毎朝投げかけられる高太郎の微笑みには、「今日も頼みますね」という意味が込められているのだが、
今日はもうひとつの含みがあった。

《★今日、仕事が終わったら海鮮料理でもいかがですか★》

《子供たちが待ってるので、1時間くらいなら♪》

始業前に2人が密かに交わしたメールである。

誰とでも分け隔てなく付き合う2人だが、2人の関係が上司とパートタイマー以上に発展していることは
周囲の目にも明らかで、噂話の好きな女性達にとっては格好の「御馳走」なのである。

「芙美ちゃん、今日は随分と御機嫌じゃない★」

「えぇ~??いつもとおんなじよぉ~♪」

否定しながらもついつい表情が緩んでしまう芙美子である。