【家族の時間(1)】

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光徳32(グレゴリオ暦2055)年12月25日、
クリスマスを祝うこの豊かな三国自治州で、「あの事件」は発生した。

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[光徳32年12月25日]

---20時30分---

(株)三国海鮮加工に勤務する主婦・夏目芙美子(32)、
木造2階建てのアパートの自宅室内にて煬妃親衛隊に銃撃され、死亡。

---20時35分---

同アパート、爆発・炎上。

---20時55分---

夏目芙美子の夫で、同じく三国海鮮加工に勤務する夏目高太郎(35)、
アパートから数百メートル離れた神社にて何者かによって銃殺される。

なお、夏目夫妻の長女・晶子(13)、及び、長男・剛徳(13)は、
事件後1週間たった現在もなお行方不明である。

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夏目一家は、親子4人。
けっして華やかな生活とは言えなかったが、家族仲良く慎ましやかに暮らす、
ごく普通の家庭だった。ただ一点、二人の子どもたちが『狼顔のディフォミティ』だった
という事以外は。

昨年冬、(株)三国海鮮加工に努める夏目高太郎と兵頭芙美子が、職場での仕事関係からはじまって
相思相愛の仲となり、結婚したばかりであった。

平和に暮らしていた夏目一家に、突然の惨事が降りかかり、周囲の知人や関係者は何事が起こったのか
と戸惑い怖れ、テレビや新聞は連日、年末に起こった悲惨な事件でいっぱいになった。

三国海鮮加工の同じ部署で共に働いていたパートタイマーの主婦達の話によると、

「夏目課長と芙美子さんは1年前に結婚し、芙美子さんの亡くなった前の夫の子が二人、
 家族4人で幸せに暮らしていました。」

「夫婦共とても良い人で、仕事のことでよく私たちの面倒を見てくれました。
 あんなにいい人が何故親衛隊に殺されなければならなかったのか???」

「芙美子さんの連れ子は狼のような顔の『ディフォミティ』でした。
 前の旦那さんはディフォミティで、漁をしている時に事故で亡くなったと聞いていましたが、
 今回の事件はそのことと関係あるのでは・・・?」

煬妃親衛隊はこの事件について、
「夏目夫妻は共謀して王国の要人を殺害した犯人だった」としか公表しなかったので、
夏目夫妻をよく知る人々は、実際に見聞きした夫妻の人柄と事件とのギャップに深い疑惑を抱いた。

様々な憶測が飛び交いつつも、事件の真相は判明せず、時が経つにつれて人々の話題の中心から
消えていった。

政情不安な首都・冠都の無気味な動きが直感され、人々は、この話題について
深く詮索することに危険を感じるようになっていったのである。

だが、話題に上らなくなったとはいえ、人々の心の中には、夫妻の突然の死と、
子供たちの失踪への疑惑がいつまでも凝(シコリ)として残り続け、自分の周囲にまだ、
親衛隊に追われるような人間が潜んでいるのではないか、という疑心暗鬼な気分が、
靄(モヤ)のように漂い続けているのだった。

(一見人の良さそうな人間が、裏では酷いことをしようとしているのではないか。)

(あんなに良い人たちだったのに、何故殺されなければならなかったのか。)

 ◇ ◆ ◇

話は1年前の冬に溯る。