【1.十字軍の起源】(小学館;橋口氏)

[メモ]
【1.十字軍の起源】
 
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 中世西欧社会においては、11世紀前半までの数世紀間に、自然条件の緩慢な好転による生産・流通の向上と人口増加がみられ、これに伴って技術革新と知的活動が促進され、新興都市圏と伝統的農村地域の双方の生活が並んで活性化の方向をたどり、全般的に物心両面の著しい発展期を迎えていた。
 また精神面では、キリスト教の普及により修道院文化が栄え、神学、哲学、法学、文芸の深化は信心形態の洗練された表明手段を生み、ロマネスク様式による教会芸術の完成をみた。
 聖遺物崇敬や聖所参詣(さんけい)はその普遍的習俗の典型であり、巡礼は贖罪(しょくざい)行為として信徒の心性にかなう伝統となって流行した。
 『旧約聖書』の詩篇(しへん)「上京のうた」に賛美されたエルサレムは聖都として巡礼の最高目標と考えられ、『新約聖書』に記されたキリストの「受難」のゆかりの地である聖墳墓への参詣は信徒の生涯の悲願ともなっていた。
 
 他方、11世紀中ごろに、地中海世界を構成する西欧、ビザンティン帝国イスラム圏の三大政治勢力間にバランスの変化がおこり、それまで閉塞(へいそく)状態にあった西欧がイスラム勢力の包囲網をはねのける態勢に移行し、またビザンティン帝国イスラムの圧迫に単独で対抗しえず、西欧に救援を要請するに至った。
 西欧キリスト教諸国民はこれを受けて宗教的使命感に情熱を燃やし、政治的、経済的、軍事的野心をも満たす好機とみて、聖地解放を大義名分とする武装巡礼団を対イスラム遠征軍として派遣することとなった。
 「十字軍運動」とよばれるこのような海外進出の気運は西欧全般にみなぎり、封建社会のすべての階層がこれにかかわり、未知の東方世界への憧憬(しょうけい)の念と、生活水準や社会身分の向上を望む欲求とが結び付き、持続的で大規模な「脱西欧」現象を引き起こすエネルギー源となった。
 
[ 執筆者:橋口倫介 ]